VALU(バリュ)について

VALUが提示した理念の先にある碧い大洋

VALUの基本理念に「金銭的な理由であきらめざるをえなかった目標や夢を、ファンから応援してもらい実現できる」というものがあり、そのための現在の VALUはβ版ながらうまく機能していると思いますが、世の中の多くの人にとって目標や夢を諦めざるを得なかった理由は「金」だけでなかったり、「『金』を得るための手法で諦めざるを得なかった」ということが言えるかと思います。

・事業計画が書けない。
・お金のある場所にたどり着く方法を知らない。
・夢を具体的に描けない。
・魅力的に発信することができない。
・自分を何者か表現することができない。
・時間がない
・様々なスキルがない。

などなど。世の中に「いい人」は沢山います。それこそ自分のことをさておき衝動的に他人に喜ばれることをしてしまう人もいます。またその人に何か具体的にお返しをしたいと思っても、その人が何者なのか、何を欲しているのか、どんな問題を抱えているのかわからなかったりして、ついついPaid it forward (先に善意を受けたってことね)のまんまついつい時間が経ってしまっている場合があります。

お金だけではなく、クラウドソーシングは世に沢山ありますが、それらは下記のような人たちのものです。

・計画が割りと得意。
・何が足りないのかはっきりと理解し示すことが出来る。
・どこにいったらその足りないものを得られるのか分かる。
・何を差し出したらその足りないものを得られるのか分かる。
・それが欲しいと臆面もなく言える。

VALUの一つの延長線上、もしくはそこから理念を受け継ぐこれからのサービスたちは、上半分にあるような人たち、また下半分にあるようなことが苦手な人たちのためのものでしょう。

日々情念だけでもアクティビティ上で表現することができて、間口を広げていられる人たち。
またそれらが苦手な人たちでも結果思いが発信できていて、間口が広がっているという状態に思わずノセられてしまう仕組み。

その仕組の上に、ソースを提供する側の待ちの体制ではなく、「ソース」や「具体的な目標や夢の案」が場にいる人たちに押し売られるようなシステムがまだ誰も手を付けていないクラウドソーシングの新しい大洋ではないでしょうか。

VAを保有することこそが資産になる

「VAには議決権がないから資産にはなりえない」というけれど、VAを保有することこそが資産になる。長期的保有に値する人物のVAにおいては。

議決権がなく、本人を1%も支配することが出来ないこのVAというものは、だからこそ返ってわずかのVAでも持ってくれることに目を向けることができる人物のVAにこそ価値が出てくる。 VAを購入しVALUER(VA保有者)となってくれたというその無言の事実に対し、懸命に応えようと活動し、レポートし、ときには優待し、そして自分自身の市場価値を高めて行こうと考える人のVAは、VALUERに対しのちに大きな利益を生み出すだろう。

長期保有に値する株式のことを資産株と呼ぶとのことだが、長期保有に値するVAもまた資産VAなのでしょう。

「人はお金で幸せになれるか」という問いに対する解を「お金は薬にも毒にもなる道具」とすることに異を唱えるものはいないだろう。「幸せになる」という観点においてVAはほかのどのアセット(保有物)よりも幸せになることに対してダイレクトに通ずるものであるように思う。

最初から議決権を放棄させられている(そもそも無いということだが表現として)VALUERだからこそ、本人の死亡や事故などによってそのVALUがBTCに換金できない状態になったとしても、そう落胆するものでもないのかもしれない。最初から「差し上げて」しまっているものだから。

もしその人が死んでしまったら、VAは棺桶に一緒に入れて手向けるものだろう。